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恩師の残してくれたものから考える。 [福祉住環境]

私が心から尊敬してやまない恩師が亡くなられた。
76才・・・・・・・・・若すぎるやろ!!!!

本当に、いろいろ教わってきた。
この方の生き様には「男の美学」があり、少しでも近づきたいと考えていた。
私とは、まったく違う世界で生きてこられたが、半端なく尊敬していた。。。。

すごく影響を受けた教え。

我が恩師曰く
「人間はな、あれこれでけへんのや。」
「若い頃は、いろいろな可能性を試すのは多いにOKや。
でもな、ええ年なったらな己の色、ちゃんと決めへんと、ええ色でえへんで。そうなったらな、他の色を潰してしまうんや。」
「色きめたらな、それが自分の生き様やと、めい一杯主張することが結局、回りも引き立たせることにつながるんや。」

「でもな、何でもかんでも、入ろうとしたらあかんで。その絵にはな必要の無い色も当然にあるときもあんねんから、そんな時は無色透明になりや。そこの見極めが出来てこそ、はじめてのプロよ。」とも

そんな恩師が亡くなられ
今一度、自分自身に問いかける

自分の色ははっきりとしているだろうか、何色なのだ? 必要の無いステージでも、自分の色を主張しすぎてはいないだろうか?

結果・・・・・・

私は、やはり私でしかない。
両親の子であり、子供達の親であり、女房の夫であること、当然ながらそれらを全うしつつ
社会の中での戻るところは、福祉住環境のステージの中で建築士としての輝く色でありたいと思う。

先生は、最後もやはり、わたし自身に「気付き」を当てて頂けた。

「感謝」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そして、自分の理想とする「まち」を創り上げようと、もっと広く社会に目を向けたとき
社会の中の絵画にも、「画家」は存在してはいけないとも思う。
その一つ、ひとつの色が自主性をもって全体を見極めていくことが大事であり、その全体像を皆で創り上げていくことこそが必要ある。
であってはじめて、和亜つぃが理想とする「福祉住環境」の創造が可能になる。

そして、その中からリーダーが生まれる。

まさに、「ガバメント」ではなく「ガバナンス」である。
「リーダー」が「画家」と勘違いしたときに「独裁」は始まる。

そして、自分色のはっきりしない人間には「リーダーシップ」は取れない
「リーダーシップ」の無いところに、調整力やコーディネート力は存在しない。

またまた、改めて考えさせられる。

自分は、「画家」ではなく「リーダー」として動けているかと。
福祉住環境ステージの建築士として、

「人間はな、あれこれでけへんのや。」


だから。


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