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あくまでも生徒ですから・・・・ [日常]

実は、最近テニスなるものを始めた。

「この年になって・・・・・。」とは自分は、まったくもって思っていないのだが
やはり、どうも体がついてこない。
1時間、週一回のレッスンが少々、つらく感じることもある。

それでも、レッスン終わりには大変、心地よい気分になれる。
その後の飲み会は、やはり楽しく、いつもと違って健康的なように感じる。(確実に妄想ですが)

元来、間にネットがあり、コンタクトの無いスポーツというのは興味をまったくもって持たなかった。
だから、生まれて本当に初めてのテニスということになる。
まあ、ぼちぼちやって友人達とラリーで遊べる程度にと考えている。

そこで教えてもらっているコーチが、当然のことながら若い。


年齢が若いのは当然のことなのだが
あらゆるものが若いのである。

少し前なら、青いと言って一蹴してしまうのだが
そこは、少々大人になりました。(笑)

こちらは若くても、ものを教えてもらう以上は先生ですから、それなりの敬意をはらい接するのだが
そこからの返しが・・・・・若いのである。
まず誰もが、自分くらいうまくなりたいと思い込んでいる。

まあ、実力は比較するものがないのでよくわからないが、そら当然のことながら私よりは比べものにならないくらい上手い。


でも、私はそこまで求めていないのである。
ようするに弟子では、無いのであるからして。
あくまでも生徒ですから・・・・

よって、たまにコーチの言葉が耳障りになる。



タラリ(汗)・・・・・


これって、よくよく考えたら。
自分もやってるかもしれない・・・・・・・

顧客や相談者のニーズをどこまで把握できているか。 自分のキャパシティーの中の指標だけでものを言っていないか。

いや〜
自分のキャパシティーの中だけで噛みついてくる若い子も前向きなら、許容できる年齢になったなどとほざいた自分が恥ずかしい。。。。。。


これって、テニスのコーチに人生教えられてるやん!!!!

今一度、足下を見直さなければと。。。。。。

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「やめたり、あきらめたら負け。」 [日常]

自分がこよなく愛し、そしてこれぞスーパーマンと尊敬していた女将さんの店が閉まった。

何故スーパーマンか?

私が蛍池と言う、現在の住まいの一つ北寄りの駅に住んでいたころから、何かの時にほとんど一人で立ち寄っていた店である。

私が行くのは、いつも深夜。

最初の頃は、家に帰る前にちょこっと寄って、何となく一日をリセットする。
時には、うだうだと愚痴をつらね、眠ってしまうことも・・・
「幸ちゃん、夜明けるよ。また、奥さん心配するから。」
と起こされて、家路につく。

次の日、二日酔いばりばりで現場に行くと
私の家の近くに住んでいる現場の職人が、その店で朝食を食べてきたと言う。

一体、女将さんはいつ寝てるのだろうか?
そして、その日も私はぶらっと寄って、またまた朝まで呑む・・・・・

いやはや、これをスーパーマンと言わずして何を言うのか。(笑)

そして女将さんは、何故か私に文句の一つも言わなかった。
そして私は、図にのって迷惑ばっかりかけていた。

その当時は、多分女将さんは40代前半くらいかな
そんな女将さんに一度、こぴどく怒られたことがある。

本当に食えなかった時代であったが、それこそ今の仕事を続けたくて
しかし、アルバイトをしないことには、家族を食わすことが出来ない。
でも結構、そのアルバイトがお金に結びついたり、はたまた自分の評価がその分野で高まったりとした時
「もう、やめるは。バイトの方をしっかりやった方が家族のためやから。」

と、夢とか目標をあきらめようとしていた時
「やめたら、この負け犬!」
「あんな、人間なんてものは失敗したりうまくいかへんかっても負けはないんよ、でもなや・め・た・ら負け!!
「しかも、負けた原因を家族のせいにして、最低!!」

この一瞬ともいえる時間が、私を変えた。

あれから、30年・・・・・・
この所、どうも自分自身の限界を感じることがある。
でも、「やめたり、あきらめたら負け。」この言葉を今も胸にがんばろうと思う。

それにしても、女将さん。
どうしたんやろ・・・・・・・・・_突然でとても心配である。

絶対に「負けてない。」と信じて、今晩、もう一度のぞいてみよう。


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どうしても、思い出せない。 [日常]

昨日から、ず〜と事務所の私の仕事場所の横に貼ってあるカレンダーを見つめている。
5月23日の日付の横に書かれた「午後4時 なめ」の文字を

確実に私の字である。


しかし、いくら考えても意味がわからないのである。
誰かとの約束である。(多分・・・・・・・・)

今関連している仕事の関係を一生懸命思い出してみるものの「なめ」との関連は出てこない。
スケジュールはiphoneで管理しているのだが、そこにも書かれていない。
多分、電話で話していて、そのままカレンダーにメモり、iphoneに転記し忘れているのであろう。

えらいことである。
誰かしりませんか?
なんて聞いても、知るわけありませんよね。(笑)

そう言えば、最近。
本当に約束を忘れることが多い、実は今日も・・・・・(すいません。)

ほんの数年前までは、手帳での管理すらしていなかったのに
自信がなくなってきて、管理しだすと。
逆に書いていないことは、すべて頭から消滅してしまう。

しかし、不思議なもので。
何も書いていないけど、何かあったような的な感覚はする。
でも、結局は思い出さない。

「こりゃいかん」と思い原因を考える。
そりゃ「歳」と言われればそれで終わりなのかもしれませんが
友達のドクターに聞いて見ると

「「忙しすぎ」による鬱の疑い。」

「鬱」!!!
ありえへん!!!!!!!

実は、人それぞれに必要な睡眠時間は、遺伝子レベルで決まっているそうで、その必要睡眠時間をとらない状態が続くとけっして慣れることは無く、慢性睡眠不足状態にあるそうです。
結果、自分では気づかない内に「鬱」状態となり、記憶力低下に繋がると言うのです。
また、必要睡眠時間不足は自律神経失調症も発祥させることもあるらしい。

そういや、またこの頃寝てないことに気づいた。

寝てても、深酒がからんでいると熟睡からはほど遠いらしい。



む〜ん。



どうしよう。。。。




よし今宵、酒でも呑みながら対策を練ろうとしよう。(笑)

にしても、5月23日は誰かにご迷惑をおかけすることになってしまう・・・・・・。
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恥ずかしながら、同じ穴の狢 [日常]

今さらではあるのだが。。。

日本の夜明けを夢に見、自らの命を省みず己の命を投げだした幕末の青年達。
我が国が敗戦し荒廃した日本を再生しようと前向き生き抜いた、戦後の大人達。

彼らには、本当に人格と品格を感じざるを得ない。

に較べ、いや較べることすらが不愉快になるのだが
昨今の政治家と呼ばれる人間や官僚達、そしてそれに群がる輩ども。
マスコミもジャーナリズムからはかけ離れた、ばせいの週刊誌並の興味本位、部数獲得のためだけの報道となっている気がする。

「じゃあ、お前はどうなんだ?」

と問われると。


恥ずかしながら、同じ穴の狢・・・・・・・・(努力はしているのだが・・)


このままで、本当に自分たちの子孫に胸をはって繋ぐことが出来るのであろうか?


などと、うだうだと・・・・・・・
でも、まあいいか!
こんな不平不満を感じている世の中であっても、取りあえず、幸せだからねと、取りあえず開き直ることにします。

「そんなこと言うなんて、芳村らしくないよ。」

ほれきた、俺らしいって?(以前にブログで書きましたが)
よく言われますのよ(笑)

よく言われるといえば
「お前は、酒さえ呑まなかったらな・・・・」
酒を呑まなきゃ、芳村ではないですよ。(笑)


まあ、今晩も酒を粋に飲みながら
自らの幸せにでも浸ると致しますか。(今宵だけは・・・・・・)


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ショールームの目的が大きく違うのか? [日常]

今日、私が講師をつとめている専門学校の学生諸君に商品知識得ることとスペース感をやしなうこと
という理由でショールーム見学に行った。
梅田阪急ビルオフィスタワーにあるTOTO、YKK、DAIKENが一緒になっているショールームをまず見学した。残念ながら、DAIKENの一部が改装中のために見ることが出来なかったが、特にTOTOの方は十分に目的が達成できた。
また、学生諸君も沢山のカタログを集めることができ満足な様子であった。
なにより、若い彼らに対しても分け隔て無く接していただけたショールームスタッフの皆さんに大感激の様子であった。

そして、地下鉄にのり本町の伊藤忠ビルにあるINAX、トステム等が一緒になった、LIXILショールームへ
受付等の対応はよかったのだが・・・・・・・
見た目に顧客では無いと判断された私共一行は、一切声がけをしていただくことはなかった。
それは、それで反面ありがたかったのだが・・・・・
最悪なのは、展示商品に関連するカタログがまったく自由にとることが出来ない。

そして、ショールームスタッフにお願いすると。
「お仕事でお使いなのですか?」
と、それ以外ではカタログは出せませんといった気持ちが見え見えの対応をされてしまった。
「はい、仕事です。」(当然、学生や私に商品知識が増えれば提案に繋がる可能性もあるわけですから)
と言うと。
「そうですか、少々お待ち下さい。」
私は、飲食店でもそうですが
「少々、お待ち下さい。」
という対応は、絶対におかしいと思っている。
客を待たせるのかということですは!

そういう場合は
「只今、ご準備します。」 「申し訳ございません、すぐにご準備いたします。」 やろ!

結果、カタログをきらしておりますのでこの程度のものしか準備でいないということで、3冊持って帰ってきた。



5分位かかって。



まあCADなど無い昔から、TOTOは設計事務所や工務店向けにテンプレートを無償配布し、まずは自分たちの商品を沢山の人に知ってもらったり、提案に使ってもらったりといったすそ野を大きく育てようという方向性があったのだが、
それにしてもINAX(あえて、LIXILではなく)とこうも違うものか?

ショールームの目的が大きく違うとも思われないのだが・・・・・・・

企業側がお客様と判断している人達には、大変手厚い対応であるようには感じるが・・・
やはり企業としての懐が違いすぎるのか。

まあ、びびたるものですが、
私の設計プランに水回り商品としてのINAXが登場することは、当分なさそうです。
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確固たるイデオロギーが必要だと強く感じる。 [日常]

「必要なプロセスを飛ばしている」と政権を激しく批判し「民主党政権を倒すべきだ」と発言した。
次なるtargetを見つけた時の橋本氏が放つ大きなエネルギーには、さすがに凄まじいものがある。
確かに、プロセスが大事であることには大賛同である、

しかし、この原発問題を「政局の具」として・・・・・・・
そして、それに反応する政府・・・・・・・

「プロセスが大事」と言ったのは橋本氏であるはずなのに
いきなり「戦」とは・・・・・・・・

私は橋本氏には確固たるイデオロギーは感じない。(あくまでも、個人的感想です。)
彼が、万が一にも日本のリーダーとなったときの日本国像が分からない。
(大阪像も分からないのですが、自分の住む大阪なら一度、試してもなんて考えていたのですが。)

そして、イデオロギー無きものに群がる政治のプロも惨めである。(結局が我が身が大事。)

福島第一原発は今も、小規模な核反応が止まらずに汚染水を排出し続けていると聞く。
16万人に上る人々が生まれ、そして生きてきた場所に帰ることが出来ない。
地域コミュニティーは崩壊し、心身共に健康への不安をかかえ、今まで自然と共に成り立ってきた生業も奪われている状態が続く。
これは、深く・静かにそして広く日本どころか、地球全体の破滅へのプロセスを導いている。

がれきの後始末さえ、めどを付けられないでいる日本。。。。
そして、総論賛成各論反対を押し通そうとする国民、そしてリーダーシップのとれない政治家。

一年前を考えてみると、国民のほとんどが「節電」をと考えていた。
今、自分たちの生活を守るために「原発稼働いなか」を叫ぶ。

「ノイジーマイノリティ」とまでは言わないし、なんの考えも無いとも言わない。
橋本氏は少なくとも、我々に考える機会を提供してくれている。
そして、自らの感上げが全て正しいとも言っていない。

だから私は今こそ、確固たるイデオロギーが必要だと強く感じる。
「原発」がいなか
「都構想」がいなか
「消費税」がいなか
では無く、確固たるイデオロギーの上での各論の議論でなければ日本は再生しないのではと強く思う。

まずは、そこを議論することが一番大事な「プロセス」では無いのだろうか。


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生様は、落輝のごとく美しかったであろうか? [日常]

「駈けてきて、ふいに止まればわれを越えて、ゆく風たちの時を呼ぶ声」
これは、私のいつも心にとめている寺山修司氏の言葉である。

自らの寿命を理解し、そして今せねばならないことを行う。
だから、美しくもあり、はかなくもある。
だから、魅力的な生き方もできる。

そして、後生に自分が生きた証を記すこともできうる。
と自分なりに解釈しております。

日没の時間が定められているからこそ、夕刻の空は美しいのである。

人間の寿命が無ければ
「まあ、いいか。100年後に考えるか。」
「100才までは、遊ぼう。」
なんてことが可能な訳で、そうなるとやる気も起こらなければ、自らの存在自体が希薄になってしまう。

だから寿命があることは、素晴らしいと感じる。

しかし、皆が知っているはずなのに。
しかし、皆が勘違いしている。

自分には、寿命が無いと。

かくある私も、いつも勘違いしてしまう。
だから故の53才引退説なのである。(何故、53才なのかは、またの機会に。)

それに向けて、走りきる。
すれば、自分がふと止まっても風達は、自分を越えていき先で手を振る。

今年、53才になる私にとって
自分を越えていく風達は、創れたのだろうか?
自分のここまでの生様は、落輝のごとく美しかったであろうか?

そんな自問自答を繰り返しつつ
日々、酒を友に、酒に寄り添って生きている。

そしてつくづく思う。

人生にロスタイムは無いものかと・・・・・・・・。


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ぼちぼち、次なる人生を考える。 [日常]

来年の3月末で公約通り、一旦わが人生をリセットしようと考えている。

とは言っても、今やってることを全て、終わらせるといった意味では無い。
確かに、一度、海外にでも行って3年後くらいに舞い戻ってから、次の一手を考えるかと思っていた時期もあった。
しかし、本当に大好きで恩を感じている「我がまち、豊中」には、まだまだやり残したことが沢山ある。
ようするに、今までかなりのカテゴリーの中で活動してきたのだが、もう少し、ピンポイントに集中して深く掘り下げていこうかと考えている訳である。

「福祉住環境」
これが、今までの私のメインテーマであり。
この環境を向上していくことによる「誰もが自分らしく、住み続けることの出来るまち」創造が自らのミッションであり、そこを生業にもしてきた。

四半世紀もの間・・・・・・

その間に、大きく変わった。
少子高齢化、介護保険や障害の関連法、子供や子育て世代の問題・・・・・
ある意味、四半世紀前に関わりだしたときから見ると、プラスマイナスはあるにしても、大きくはプラスであろうと感じる。

ぼちぼち、そこは卒業かな?・・・・・・・・と考える。

同じ、「福祉住環境」でも、外の部分を作っていきたい。

そもそも、とても「素晴らしい豊中」、「住み続けたい」と思える「まち」に果たして???

されば、進むべきミッションは一つなり!!

「地域の住民一人ひとりが自ら考え、主体的に行動し、その行動と選択に責任を負う」
そんな、決して行政の持ち合わせている権限を市民にていきょうするといった分権的なものでは無く、本当の意味での市民主権によって成立するまちを作るために、がんばる。

されば、進むべき道は一つなり!!

I Love Toyonaka(豊人)をまち中に溢れさす!
ここしか、無い!!!!


あっと、あくまでも市民活動やコミュニティビジネスの分野ですので
誤解の無いようにだけ、お願いいたします。(笑)
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「恩」とは原因を知る心 [日常]

人生などというものは、「不条理」が有って当たり前、それらをどう許容しつつ生きていけるかが大人なるものであると考えてきた。
だから、人の評価を得るために生きることでは無く、自分の道理にそって自らの目的や夢近づいたかという指標を大事にし、生きてきた。

しかし、そういつつも人間は一人では何もなし得ないことも、我が師に教えられ、理解してきた。

故に、自分の夢や目標に近づくためにも、多くの人からの協力が必要であること、また協力してもらったということも十分に意識することを大事にしてきた。

その大事にしてきたものが、一字であらわすと「恩」という言葉に集約される。
我が師から、浄土真宗の教えで「恩」とは原因を知る心であると教えられた。

現在こうして生きていけるのは、何々があったから、それに巡り合わせてもらったのは、誰々がいたから・・・・・・・と続いていくわけで、52年間も生きているととても沢山の「恩」を持ち合わせていることになる。
現在、普通と考えられていることも「原因を知る心」をひもとけば、いろいろな人に支えられていたことがわかる。

当たり前におくる日常生活。
当たり前に入ってくる仕事。
当たり前に存在する人間関係。

しかし、人間は目先のことに目を奪われがちで今まで支えてくれた「恩」ある人をどうしても軽んじてしまいがちである。
私も例外では無く、特に若い(どのくらいを若いといううのかは分かりませんが。)頃には、「恩」ある人(恩師)の言葉や存在を逆にうざく感じてしまうことさえあった。
最近でさえ、自分が今、取り組んでいること以外のことであれば「じゃまくさい」などと とんでもない気持ちになることさえあった。(一般的には、親がこの対象になったりするんですが・・・)



そして、足が遠のく。

この原点に「震災」というものを通して、改めて戻ることが出来た。
「原因を知る心」

これは、とても大事な心であると、今になって改めて思う。
そして、再度「恩」をうけた人には、出来る限りのことをと考える。

しかし、ほとんどの場合は、それらの人は「恩返し」を拒む、
「自分では無く、後輩達にその気持ちを伝えてやってくれ」と・・・・・・・

また、「恩」に気づいた時にその人はいない・・・・・・・

でも人間だから、感謝の気持ちを表されれば、必ずうれしいはずだと私は思う。(自分の価値観がシンクロしたということであるから。)

だから、目見張り、耳を澄ませ、嗅覚をとぎすます。

とは言っても
「酒が呑みたい時には、とことんつきあいます。」
「いざ、鎌倉。の時は、何があってもかけつけます。」

実は、それだけのことしかやってないんですけど。


我が恩師の「いざ、鎌倉。」
今回は、見えなかった、聞こえなかった、臭わなかった。

先生
「お前に酒で負けるとは、思わんかったな。」といって、大笑いしていただけたこと
忘れません。

本当に、お世話になりました。
このご恩は、後輩達にきっと返して参ります。




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二人に幸せあれ! [日常]

昨日、何組目になるだろうか?
結婚式の立会人(立証人)をつとめさせていただいた。今回は二次会の司会というダブルヘッダーということで52才び身には、少々こたえたのだが・・・・・
自分で言うのも何ですが、とても「いい」結婚式であった。

そして、個人的にもとても刺激をうけた時間でもあった。

厳粛に執り行われたチャペルでの結婚式、新郎新婦をよく知った人達が心からの祝福を素直にあらわした披露宴、そして仲間たちが思いっきり、二人を祝福する勢いのあった二次会。

どれもこれも、すべてに共通する言葉。
それが   「暖かさ」    である。

これも、新郎新婦の今までの生きてきた生き方や大事に育ててこられた、ご親族の皆さんの人柄がなせる技なのであろう。

二人のこれからの幸せを祈ってやまない。
(友人のとった写真、載せさせていただきます。)
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